函館・・・私の場合は鉄 [鉄道]
久しぶりに札幌へ・・・
でも、なぜか「函館空港」へ・・・
今回は、函館山から、市電の路線をなめる様なコースで着陸でした。
その後、路線バスで「湯倉神社・函館信用金庫前」下車
ここのバス停、地元の方以外の方には難しい!!
「湯倉神社前」と「湯倉神社・函館信用金庫前」が大きな交差点を挟んで2つあるんです。
でも、バス停の表記は両方ともに「湯倉神社前」!!
バス停の前には、市電電停の「湯の川」終点・始発・・・があります。
函館市電は、1897年(明治30年)に東京馬車鉄道と小田原馬車鉄道の技術協力で亀函馬車鉄道として始まり、1913年(大正2年)に路面電車として走り始めました。
ちなみに札幌市電は1910年(明治43年)に馬車鉄道として始まり、1918年(大正7年)に電車化されました。
北海道の歴史の中では、函館が大きな町であり札幌は後から出来た開拓地なんです。
で、路面電車と言えば札幌市電!!
のsuzuran6はこの函館市電の線路幅がなんだか広く、変な感じなんです。
調べてみると・・・1,372㎜!!
ここで、少し軌間(線路の幅)についてのお話を・・・
現在日本では主にJRの一般路線をはじめとする多くの私鉄で使われている軌間は1,067㎜の狭軌(世界から見ると狭い)が多いんです。
で、世界全体では1,450㎜の線路幅が多く「標準軌」と呼ばれています。この幅の起源は?
良く言われている起源は、昔の馬車の車輪の間隔がほぼこのサイズであった事の様です。
国内で、有名なのは新幹線、阪急電鉄などなど、なんだか線路の幅が広いな・・・と思ったらこの幅がほとんどです。
日本は何故、最初から狭い線路を使ったのでしょうか?おそらく・・・
日本に鉄道の技術を最初に伝えてくれたのはイギリスだったのですが、こんな小さな貧乏そうな国だから・・・と当時イギリスが植民地などで導入していた、標準軌よりも簡便なこの狭い線路幅を伝えたためでは・・・冗談の様ですがこれ、結構有力な説です。
で、今回の函館市電の線路幅、実は世界的にも例は少なく「偏軌・変則軌道」などとも呼ばれたり、都電(旧東京馬車鉄道)が使っていたので「東京ゲージ」と呼ぶにもふさわしい・・・なんて言う方もいらっしゃるそうです。
国内の鉄道の線路幅(狭軌)の中では「馬は牽きづらいだろうなぁ~、少し広げてしまおう!!」(by東京馬車鉄道;笑)そんなところから始まったりするのかもしれません(suzuran6勝手な想像でありますが・・・)。
あと、京王電鉄ご利用の方「線路幅が少し広いなぁ~」と思ってもそれは1,450㎜ではありません。
もともと、路面電車から始まった京王電鉄は、後に都電への乗り入れなども考えていたため、都電と同じ1,372㎜なんです。それと最初から京王電鉄と相互乗り入れを計画していた都営地下鉄新宿線も1,372㎜です。
札幌市電の線路幅については、後日あらためて・・・
軌間の種類ってこんなにあるんですね。(Wikipediaより)
話がそれてしまいました・・・
電停のそばにはこんな看板が・・・
そう言えば、つい最近競馬場から空港まで歩いた人がどこかにいたなぁ~
少しだけ歩いてみました。
平な地形かなぁ?と思っていましたが、結構微妙な起伏があります。
これが、オリジナルの塗色なんですが、ラッピング車両が多すぎてなかなか見ることができません。
で、その後市電には乗ったのですが・・・
吊広告が・・・
と、思ったら、あちらこちらに・・・
その後街中でも、あちらこちらに貼ってありました。
今度の土曜日の「ブラタモリ」が函館なんですね。
北海道編・・・まだまだ続きます。
でも、なぜか「函館空港」へ・・・
今回は、函館山から、市電の路線をなめる様なコースで着陸でした。
その後、路線バスで「湯倉神社・函館信用金庫前」下車
ここのバス停、地元の方以外の方には難しい!!
「湯倉神社前」と「湯倉神社・函館信用金庫前」が大きな交差点を挟んで2つあるんです。
でも、バス停の表記は両方ともに「湯倉神社前」!!
バス停の前には、市電電停の「湯の川」終点・始発・・・があります。
函館市電は、1897年(明治30年)に東京馬車鉄道と小田原馬車鉄道の技術協力で亀函馬車鉄道として始まり、1913年(大正2年)に路面電車として走り始めました。
ちなみに札幌市電は1910年(明治43年)に馬車鉄道として始まり、1918年(大正7年)に電車化されました。
北海道の歴史の中では、函館が大きな町であり札幌は後から出来た開拓地なんです。
で、路面電車と言えば札幌市電!!
のsuzuran6はこの函館市電の線路幅がなんだか広く、変な感じなんです。
調べてみると・・・1,372㎜!!
ここで、少し軌間(線路の幅)についてのお話を・・・
現在日本では主にJRの一般路線をはじめとする多くの私鉄で使われている軌間は1,067㎜の狭軌(世界から見ると狭い)が多いんです。
で、世界全体では1,450㎜の線路幅が多く「標準軌」と呼ばれています。この幅の起源は?
良く言われている起源は、昔の馬車の車輪の間隔がほぼこのサイズであった事の様です。
国内で、有名なのは新幹線、阪急電鉄などなど、なんだか線路の幅が広いな・・・と思ったらこの幅がほとんどです。
日本は何故、最初から狭い線路を使ったのでしょうか?おそらく・・・
日本に鉄道の技術を最初に伝えてくれたのはイギリスだったのですが、こんな小さな貧乏そうな国だから・・・と当時イギリスが植民地などで導入していた、標準軌よりも簡便なこの狭い線路幅を伝えたためでは・・・冗談の様ですがこれ、結構有力な説です。
で、今回の函館市電の線路幅、実は世界的にも例は少なく「偏軌・変則軌道」などとも呼ばれたり、都電(旧東京馬車鉄道)が使っていたので「東京ゲージ」と呼ぶにもふさわしい・・・なんて言う方もいらっしゃるそうです。
国内の鉄道の線路幅(狭軌)の中では「馬は牽きづらいだろうなぁ~、少し広げてしまおう!!」(by東京馬車鉄道;笑)そんなところから始まったりするのかもしれません(suzuran6勝手な想像でありますが・・・)。
あと、京王電鉄ご利用の方「線路幅が少し広いなぁ~」と思ってもそれは1,450㎜ではありません。
もともと、路面電車から始まった京王電鉄は、後に都電への乗り入れなども考えていたため、都電と同じ1,372㎜なんです。それと最初から京王電鉄と相互乗り入れを計画していた都営地下鉄新宿線も1,372㎜です。
札幌市電の線路幅については、後日あらためて・・・
軌間の種類ってこんなにあるんですね。(Wikipediaより)
話がそれてしまいました・・・
電停のそばにはこんな看板が・・・
そう言えば、つい最近競馬場から空港まで歩いた人がどこかにいたなぁ~
少しだけ歩いてみました。
平な地形かなぁ?と思っていましたが、結構微妙な起伏があります。
これが、オリジナルの塗色なんですが、ラッピング車両が多すぎてなかなか見ることができません。
で、その後市電には乗ったのですが・・・
吊広告が・・・
と、思ったら、あちらこちらに・・・
その後街中でも、あちらこちらに貼ってありました。
今度の土曜日の「ブラタモリ」が函館なんですね。
北海道編・・・まだまだ続きます。
2015-05-26 16:22
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コメント(10)
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函館の市電はオリジナル色が大阪市電(堺線)と同じ色のようですね。
by 馬爺 (2015-05-28 19:29)
路面電車の軌道の幅に差異があるとは知りませんでした(なんせ疎いもんでw)
函館の方が幅広だったのですね。札幌も今度乗って体感してみたいと思います!(煉瓦あるからいずれ行かないと行けないのでw)
ブラタモリは函館ですか!
かかさず見てるので見なきゃだわ^^
(一般人が出来ないことをタモさん+NHKのチカラで出来ちゃうから見逃せないっす^^)
by ちょいのり (2015-05-29 00:54)
軌道の幅が広いと見た目に安定感がありますね^^
by さる1号 (2015-05-29 01:14)
お祝いのコメントありがとうございました。
街中を行き交う市電の風景は、「昭和」ですね。
いいなぁ・・・
東京の都電が走り回っていた時代が懐かしいです。
by 駅員3 (2015-05-29 08:10)
路面電車、のどかでいい感じー(^_^)
by よーちゃん (2015-05-29 08:56)
函館から札幌まで電車で移動したことあります(^^)
by ma2ma2 (2015-05-29 17:01)
函館、良いですね!
ブラタモリ、毎週見てま~す^^
ちなみに僕も3年前に函館の路面電車を楽しみました。
http://marbou.blog.so-net.ne.jp/2012-07-08
by まー坊 (2015-05-29 21:29)
こんばんは
来道されていたのですね
今週のブラタモリは函館でしたか録画しなきゃ!
来月、出張で上京予定です。
by kattsu-mqc (2015-05-29 22:08)
線路の幅なんて、気にしたコトもありませんでしたが、話を聞いて
みると面白いモノですね^^;。図で見ると、ずい分と違うんだなー
というコトがよく分かります。
by sakamono (2015-05-30 13:57)
ブラタモリ
録画したので、そのうち見ますf^_^;)
ウチは、「浦和」優先ですから( ̄^ ̄)ゞ
by やなぼー (2015-05-31 06:14)